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アニウォッチ!

アニメの感想とかいろいろを気ままに綴るブログ

【響け!ユーフォニアム】鳥獣戯画よりもフェルメールへの意識

2016年秋アニメ「響け!ユーフォニアム2」のテレビ放送が終わって1か月ほどになるだろうか。自分はニコニコ生放送の枠で最終話を視聴し、京アニとともに2017年を迎えたことになる。

 

さて、先日購入したFebri Vol.39で響け!ユーフォニアムの演出について石原立也監督が興味深いコメントをしていたので、素人目線ながら見ていくことにする。

 

鳥獣戯画の頃からそうなんですけど、日本人は絵を描くときにアウトラインを重要視してきた。日本のアニメーションもそう発達してきたように思うんですが、海外だと、どちらかと言うと光と影で表現するんです。だから、僕がこの作品で意識したことは、暗い画面の中での光を表現することですね。ややもすれば若干画面が暗くなっちゃうかもしれないんですけど。美術さんにも「フェルメールみたいな絵になればいいな」という話をしたことがあります。

 

 石原監督は第1期での具体例を交えてコメントしていたので、響け!ユーフォニアム2に限らずシリーズ全体を通してのコメントとしてみることにする。そこで注目したいのはアウトラインを重視した表現から離れて、敢えて海外的な光と影による表現を意図している点だ。

 

とはいえ、無学で恥ずかしいばかりだが、自分は美術に詳しくはないのでアウトラインを重視してきたことに対して、そもそもアウトラインをどのような意味に捉えればいいのかわからなかった。

美術にくわしい方などいればコメントをいただけると有り難いです。

 

単純にアウトラインという単語を辞書で引いても「輪郭」という言葉が出てくるが、では「輪郭」を重視して描くとはどういうことなのか。実際に絵を描いていればピンとくるのかもしれないが、絵をまったく描かない自分には「?」なのだ。感性の限界かもしれない……。

 

そうです。僕の気持ちとしては、なるべくアウトラインを描きたくないと思っているんです。「隙あらば逆光」という感じで、逆光の画を作りたい。カッコいいですしね(笑)。

 

 響け!ユーフォニアムは、アニメを見ているのにどこか絵画を鑑賞しているような感覚に陥る瞬間がわりとあったように思う。それは、光と影の演出を意図したことによって、その副産物として生じた感覚なのかもしれない。

 

一方で光と影の演出だけではなく、見せ方そのものも絵画のようにみせる意図が含まれていたのかもしれないとも思った。どの場面だったか忘れてしまったが、キャラの立ち位置なども含めてフェルメールの絵画を想起させるような場面があったように思う。自分が監督の演出意図に一瞬でも影響を受けていたのかと思うと驚くばかりだ。

 

そして、第1期で久美子が橋を走りながら悔しい気持ちを爆発させている場面は、光と影の絵画手法をアニメーションさせながら見せるという、絵画的な見せ方からの新しい提案だったのではないだろうかと妄想してしまう。